2007年05月30日
遺書は何を語るか・・・
この間の大きなニュースに松岡前農水相の自殺があります。
この一連の報道の中で一番私に違和感を持たせたのが、あの8通あると言われた遺書の中の一文でした。
「安倍総理、日本国万歳」という言葉で締められたその遺書はいったい何を語るのだろうか・・・
私の印象では、最近盛んに安倍内閣が押し付けようとしている「愛国心」が見え隠れしてきます。
お国の為には命を捧げることもいとわない。
国のために個人の犠牲はやむおえない。
こうした考えから松岡氏は自分の命と引き換えに様々な利害を共有する人たちを守ろうと(表現が適切ではありませんが)したように思えるのです。
石原都知事は「彼は侍だった」とコメントし、鈴木宗男氏は松岡氏の苦しい胸の内を明かしていた。
私は、こうした事の根幹には「間違い」を間違いと認めない社会構造があると思います。 一人一人の命よりも国もしくは政党の利害を優先する風潮や、自己犠牲なるものを美化して伝える感覚がはびこっているように思います。
本当の意味で国を愛するということについて、また周りの人を大切にし守るとはどういう事かを、深く考えさせられる事件だと思います。
また、改めて「万歳」という言葉の意味も調べてみたのですが、以下の文章が最もわかりやすかったので転載いたします。
”万歳三唱” の意味するものを調べてみました。
まず、目に飛び込んできたのは「万歳三唱令」なる文字でした。こんなものがあるのかと驚きました。
明治12年4月1日付けで発布、太政官布告第168条。
「万歳三唱令」
念のため要旨と実施要項を現代語で記すと次の通りです。
【本文】
発声は、大日本帝国と帝国臣民の永遠の発展を祈って行うこと。
音頭を取るのもは、気力充実・態度厳正を心がけること。
唱和の際は、全員心をひとつにして声高らかに行うこと。【実施要項】
基本姿勢は直立不動で、両手は指をまっすぐ下方に伸ばし体の側面にしっかり付ける。
万歳の発声とともに半歩踏み出し、同時に両腕を垂直に高々と挙げる。
その際、両手の指をまっすぐに伸ばし、両掌を内側に向けておく。
万歳発声の終了と同時に素早く元の直立不動の姿勢に戻す。
以上の動作を三度、節度を持ちかつ気迫を込めて行う。・・・・・
なんだそうです。
・・・ところが、 最後にこう記されていました。
まず、この布告なる文章の出所が不明。
次に発布日が4月1日(エイプリルフール)であること。
さらに実施要項の「半歩踏み出し、両手・指をまっすぐ垂直に伸ばした姿があの有名な「グリコキャラメル」のテープを切る姿。
結局、「偽書」「怪文書」。















