2007年12月27日
痛ましい死に思う・・・
クリスマスイブの夜に大切な大切な命が失われてしまった・・・
ふじみ野市の小学5年生の吉崎健君がマイクロバスの扉が
開いてしまったことによって車外に投げ出されて後続車に
轢かれてしまったというニュースは衝撃的に伝わった。
誰も悪意がなく、むしろ暖かな関係の中で起きてしまった悲劇的な
この事故を、誰が納得できるだろうか・・・
運転者がちゃんとロックをしていれば・・・
健君が走行中にステップに 近づかなければ・・・
二台の車が制限速度を守っていれば・・・
子どもたち大勢の遠征に大人が一人しか付き添わないのは無理があった・・・
等々全ての事が悔やまれる中、私はやはり車の構造に拘りたい。
ドアロックがされないまま走行出来る構造というのはあまりに危険だ。
二度とこんな悲しい事が起きないようにこうした構造上の不備は
車のメーカーにはなくしていって欲しいと思うのです。
そしてもう一つ私の中に高まる想いは「死の教育」ということです。
今回、東原小には二名のスクールカウンセラーが配置され、児童たちの
心のケアにあたるとのことですが、こうした対応はもちろん重要ですが
私は日頃の教育活動の中でもっとリアルに「死」というものに向き合う
学びが必要なのではないかと感じています。
核家族化の進む中で命の誕生や喪失に出会う機会は決定的に
少なくなっている上に、生活の中での自然体験も減っています。
一人一人に生命の文化がないのです。
これは50才にもなった私にもいえることです。
この「死」に向き合う学びは「いじめ」の防止にも繋がると思っています。
健君のニュースを聞くたびに悲しみとともに、私のなすべきことは何かと
模索する日々です。

